オガサワラカワラヒワの繁殖個体数は残り300個体以下と考えられています。1羽18gなので、合計でたったの5.4kgしかありません。これは、世界に生息する全てのオガサワラカワラヒワは小さなデイパック1つに入ってしまうぐらいしかいないことを意味しています。これでは、いつ絶滅してもおかしくありません。

 しかし、この鳥を絶滅させるわけにはいきません。ここでは、この鳥をここまで追い込んでしまった脅威を考えてみたいと思います。おそらく原因は一つではなく、複合的なものと考えられます。これらの脅威をいかに取り除くかが、オガサワラカワラヒワの保全を進める上でのカギになります。

分布の縮小

 

 オガサワラカワラヒワは聟島列島、父島列島、母島列島、火山列島に広く分布していました。しかし、現在は母島列島の属島と火山列島の南硫黄島でしか繁殖していません。

 母島属島と南硫黄島は外来種クマネズミがいない島です。木登りが得意なクマネズミが侵入した島では、この鳥の巣が捕食されて姿を消していったのだと考えられます。

 

 参考:「外来哺乳類を駆除して、鳥の数を増やす ―世界自然遺産小笠原諸島の自然再生事業の成功と課題―」

クマネズミとオガサワラカワラヒワの分布はちょうど逆
クマネズミとオガサワラカワラヒワの分布はちょうど逆

 小笠原の西島という無人島では、クマネズミを駆除したらウグイスが繁殖を始めたという例があります。クマネズミは島の鳥にとって大きな脅威となっています。

 

参考:「世界遺産の島・小笠原諸島の森林に復活したハシナガウグイス―クマネズミ根絶がもたらした生物相の回復―」

タコノキの上にのぼったクマネズミ
タコノキの上にのぼったクマネズミ

生息地の消失

 

 この鳥は20世紀前半には聟島と媒島に多数が生息していました。しかし、これらの島ではノヤギの食害によりほとんどの森林が失われました。父島列島でもノヤギは広く野生化し、やはり森林が減少しました。繁殖地となる森林が減少したこともオガサワラカワラヒワの分布縮小の要因の1つと考えられます。ただし、無人島のノヤギは既に根絶されており、今後は森林の回復が期待されます。

野生化したノヤギにより森林が失われた媒島
野生化したノヤギにより森林が失われた媒島

母島属島での減少

 

 母島列島では、1990年頃には100羽を超える群れも見られていました。しかし、その後は減少を続け、最近は数羽の小さな群れがほとんどです。2011年には繁殖個体数は150〜280個体程度と推定されました。最近ではその頃よりも観察が減り、もしかしたら100個体程度しかいないかもしれません。

 母島属島にはクマネズミはいませんが、代わりに外来種ドブネズミが侵入しています。ドブネズミも世界各地の島で鳥を絶滅の危機に追い込んでいます。そして、クマネズミほどではないものの、やはり木に登ります。ドブネズミによる巣の捕食が、最近の減少の大きな要因と考えられます。

 また、これだけ数が少ないと、偶然絶滅してしまう可能性もあります。

姉島の林内で日中に出てきたドブネズミ
姉島の林内で日中に出てきたドブネズミ

母島での脅威

 

 有人島の母島には、繁殖期の後にオガサワラカワラヒワが渡ってきます。母島の農地や道路沿いには多くの種子が落ちているので、彼らは地上でよく採食しています。

 しかし、そこは多くのノネコがいる場所でもあります。ノネコの糞からはオガサワラカワラヒワの羽毛も見つかっています。豊富な食物によって捕食者のいる場所に鳥が引き寄せられており、まさに「自然の罠」となっています。個体数が少ないこの鳥にとって、たとえ数羽でも捕食されることは大きなインパクトになります。

道ばたで採食する若鳥
道ばたで採食する若鳥
母島の路上で見られるノネコ
母島の路上で見られるノネコ
ネコに捕食されたオガサワラカワラヒワの残滓
ネコに捕食されたオガサワラカワラヒワの残滓

外来植物との関係

 

 小笠原にはトクサバモクマオウという外来植物が侵入しています。オガサワラカワラヒワはこの木でよく繁殖しています。この外来樹は幹がまっすぐなので、ドブネズミが登りにくく、巣が襲われにくい可能性があります。また、この鳥はこの木の種子をとてもよく食べます。

 一方で、トクサバモクマオウは純林になることで、在来の乾性低木林を減少させています。種子食のこの鳥にとっては、一年中いろいろな種子をつける多様性の高い森林が必要です。オガサワラカワラヒワにとって外来植物は、安全地帯であり、食物の供給源であり、生息地を奪う脅威でもあるのです。

 

トクサバモクマオウの種子を食べるオガサワラカワラヒワ
トクサバモクマオウの種子を食べるオガサワラカワラヒワ

ドブネズミはオガサワラカワラヒワを守ってる?

 

 ドブネズミが侵入している母島属島にはクマネズミがいません。もしクマネズミが侵入していたら、オガサワラカワラヒワは絶滅していたでしょう。

 ネズミ類は荷物に紛れたり、自分で泳いだりして無人島に侵入します。多くの島に分布を広げたクマネズミが母島属島にはいないのは、もしかしたらドブネズミのおかげかもしれません。

 この2種の外来ネズミは共に雑食性で大きさも似ています。このため両者は競争関係にあり、ドブネズミがいる母島属島にはクマネズミが侵入できなかった可能性があります。ドブネズミは脅威であると共に、この鳥を現在まで生き残らせた立役者かもしれないのです。

 また、ドブネズミは絶滅危惧種である在来の猛禽類オガサワラノスリの食物にもなっており、この鳥の生活を支えています。

 トクサバモクマオウもそうですが、自然の中に定着した外来生物は生態系の中で重要な機能を持ち、複雑な種間関係を築いてしまうのです。

オガサワラカワラヒワをめぐる種間関係
オガサワラカワラヒワをめぐる種間関係

感染症

 

 ハワイでは多くの鳥が絶滅していますが、その原因の1つは鳥マラリアや鳥ポックスなど、人間が持ち込んだ病気にあります。オガサワラカワラヒワでも、目の周りやくちばし、足などに病変のある個体が見られており、とても心配されています。ただし、これが何の病気なのか、どのような影響があるのかはまだわかっていません。また、将来的に渡り鳥や飼い鳥を介して新たな感染症が持ち込まれる可能性もあります。たとえば、北海道でスズメの大量死をもたらしたとされるサルモネラ菌は、ヨーロッパにいる近縁種アオカワラヒワの死因の一つになっていることが知られています。

くちばしや目の周りの皮膚に病変が見られる
しばしばくちばしや目の周りの皮膚に病変が見られる

環境変動

 

 小笠原諸島では、戦前に比べて乾燥化が進んでいます。また、近年は大型台風の襲来や極度の干ばつ被害が目立っています。これらの環境変動は水場の分布や食物となる種子の結実に影響を与えます。

 オガサワラカワラヒワは種子食であるため、食物から得られる水分は限られています。このため、昆虫食や果実食の鳥に比べて水を飲む必要性が高く、水場が周年維持されていることは重要な要素になります。

 

 台風による強風や潮害、干ばつによる水不足は、花や葉を落とし、結実率を低下させ、植物を枯死させることも珍しくありません。種子食の鳥にとって、気象害による凶作は個体の生存率や繁殖成功に大きな影響を与えます。大規模な気象害の発生頻度が高まれば集団の維持にも影響が出るでしょう。特に小さな個体群ではその影響が顕著に出ると考えられます。

あまりにも小さな集団

 

 オガサワラカワラヒワの個体数はとても少なくなっています。小さな集団では近親交配が進むことにより遺伝的な多様性が減り、様々な弊害が生じることがあります。また、ちょっとした環境変動などの影響を受けやすくなり、簡単に絶滅してしまうかもしれません。

 場合によっては、偶然が重なって絶滅することもあります。集団が小さいということは、それだけで高い絶滅リスクを負うことになるのです。

保全策

 

 オガサワラカワラヒワの個体数は激減しています。個体群シミュレーションの結果では、このままでは近い将来絶滅することが予想されました。このため、母島列島において早急に保全対策を実施する必要があります。

 母島属島では外来のドブネズミによる繁殖阻害が問題となっているため、ドブネズミの根絶が不可欠です。母島に飛来した個体を保全するためには、母島の集落以南におけるノネコの排除が必要です。また、気象害の影響を緩和するためには、給餌や給水が必要かもしれません。外来植物を駆除して多様性の高い乾性低木林を回復させることも、もちろん必要です。

 個体数が少ない集団は、偶然絶滅してしまう可能性があります。現在の状況は、遺伝資源の維持や、飼育下繁殖個体の野生復帰による個体群の補強、既に絶滅した地域への再導入なども検討しなくてはならない段階と言えます。このため、飼育技術、飼育下繁殖技術の確立のため域外個体群を創出することも必要です。

 

 個体数が極度に減少してしまった現状では、これらの保全策のどれかを実施するだけでは、この鳥を保全することは不可能かもしれません。私たちは、現在取り得る全ての対策を同時並行で進めていくことが、この鳥を保全するための唯一の方法と考えています。


参考文献

 

・保全

東京営林局 森林管理部 (1996) オガサワラカワラヒワ希少野生動植物種保護管理対策調査報告書.

中村浩志 (2014) オガサワラカワラヒワ. 環境省(編)レッドデータブック2014-日本の絶滅のおそれのある野生生物- 2 鳥類, 72–73. 

環境省・林野庁・文化庁・東京都・小笠原村 (2018) 世界自然遺産小笠原諸島管理計画. 

 

・外来種

Kawakami K & Higuchi H (2002) Bird predation by domestic cats on Hahajima Island, Bonin Islands, Japan. Ornithological Science 1: 143–144.

川上和人, 益子美由希 (2008) 小笠原諸島母島におけるネコFelis catusの食性. 小笠原研究年報 31: 41–48.

橋本琢磨 (2009) 小笠原におけるネズミ類の根絶とその生態系に与える影響. 地球環境 14: 93–101. 

橋本琢磨 (2011) クマネズミ. 山田ら (編) 日本の外来哺乳類, 東京大学出版会, 351–376.

小笠原諸島自然遺産地域連絡会議 (2014) 小笠原諸島におけるネズミ類の生息状況とネズミ類各種の特性. 

矢部辰男・橋本琢磨・森英章 (2013) 低体重化した母島属島のドブネズミ. 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会要旨集 :247. 

川上和人(2019) 小笠原諸島における撹乱の歴史と外来生物が鳥類に与える影響. 日本鳥学会誌 68: 237–262

Sato N (2019) Recent Control of Invasive Alien Animals in the Bonin Islands. Global Environmental Research 23: 9–19.